9/11の3年前に「爆発物を積んだ航空機」の脅威を米CIAが警告 機密文書公開で明らかに

ワシの絵を囲むように、白文字で「CENTRAL INTELLIGENCE AGENCY」と円形に書かれた床

画像提供, Getty Images

画像説明, 機密指定が解除されたCIA文書から、アメリカのクリントン政権と、続くブッシュ政権に対し、国内での攻撃が差し迫っていることなどへの警告があったことが明らかになった。画像はヴァージニア州にあるCIA本部のロビーの床
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バーント・デブスマン・ジュニア・ホワイトハウス担当記者

2001年9月11日の米同時多発攻撃の3年前に、武装勢力「アルイアイダ」が、「爆発物を積んだ航空機を米国内の都市に突入させる」可能性があると、米情報当局者が指摘していたことが、同攻撃から25年を迎えた11日に新たに機密解除された文書で明らかになった。

アメリカの中央情報局(CIA)は11日、1998年初頭から米同時多発攻撃の翌日までの期間に作成された大統領向けの日報のうち、71件の機密指定を解除し、公開した。

2001年9月12日付の文書には、攻撃の陰謀の存在は過激派の間で「広く知られていた」と記されていた。

大統領日報は、米政府の情報分析の中でも特に機密性の高いものの一つで、通常は作成から40~50年間は機密指定が維持される。

CIAのジョン・ラトクリフ長官は声明で、「25年前、9/11攻撃は我が国に打撃を与えたが、我々を打ち砕くことはなかった」と述べた。

そして、「それ以来、CIA職員は何世代にもわたり、犠牲になった米国民のために正義を実現し、アルカイダが二度と我が国に危害を加えることのないよう、そのキャリアをささげてきた」と付け加えた。

CIAが公開した71件の文書のうち69件は、これまで人々の目に触れたことは一度もなかった。

これらの報告書はビル・クリントン政権とジョージ・W・ブッシュ政権時代に作成されたもので、内容の多くは黒塗りされている。

公開文書からは、アルカイダのネットワークとその指導者だった故オサマ・ビンラディン容疑者に対し、情報当局が警戒感を強めていたことがうかがえる。また、9/11攻撃当日の出来事を検証した公式委員会の見解と一致する内容が含まれている。米情報機関は攻撃の可能性について繰り返し警告していたものの、具体的な情報はほとんどなく、迫りつつある事態の規模も把握できていなかったとされる。

1998年9月10日付の報告書は、ビンラディン容疑者が米国内を攻撃することを望み、特に首都ワシントンを第一標的としていると報告している。

CIA分析官の1人は、アルカイダが「爆発物を積んだ航空機をアメリカの都市に突入させるかもしれない」と記していた。

9/11調査委員会が2004年に公表した報告書にも、アルカイダが攻撃に航空機を使用することを検討していると、米情報機関がみていたとの記述がある。ただ、こうした警告が、当時のクリントン大統領に伝わっていたかどうかは明らかになっていなかった。

ビンラディン容疑者とアルカイダは1998年の時点ですでに、米情報機関によく知られた存在だった。

1998年8月、アルカイダはケニアとタンザニアにある米大使館を襲撃し、計224人を殺害した。この事態を受けてアメリカは、アフガニスタンとスーダンの標的を巡航ミサイルで攻撃した。

大使館襲撃から21日後、アメリカの報復攻撃から8日後にあたる1998年8月28日付の文書は、アルカイダのネットワークがなお健在で、ビンラディン容疑者が「米国内での攻撃」を積極的に「検討している」と警告していた。

9/11攻撃後の文書

今回公開された大統領向けの日報のうち、同時多発攻撃後に作成されたものは1件のみ。これは、最初の航空機がニューヨークの世界貿易センタービルに激突してから20時間もたっていない2001年9月12日午前4時に、ホワイトハウスに送付された。

その日報は、アフガニスタンやペルシャ湾沿岸の地域の過激派が、攻撃が差し迫っていることを「認識している」ことを示す「証拠が増えている」と指摘していた。

一部が黒塗りされた別の記述では、同時多発攻撃という陰謀が過激派の間で「広く知られていた」とある。また、ビンラディン容疑者が、この計画をめぐり「対立」していたアフガニスタンのタリバン指導部との衝突を避けるため、首都カブールへ移動した可能性があるとも記されている。

当時タリバンを率いていた故ムハンマド・オマル師は、同時多発攻撃の直後、家族とともにアフガニスタン南部カンダハルから避難したと報告されていた。それから1カ月もたたないうちに、アメリカと同盟国はアルカイダの壊滅を目指してアフガニスタンに侵攻した。

動画説明, 「私たちは決して、決して忘れない」 9/11攻撃から25年、米各地で追悼